お茶でむせることが増えた、薬がのどに引っかかる。
そんな小さな変化を「年のせい」で片づけていませんか。
歯科医師の大井美智子です。
診療室でも、ご本人より先にご家族が気づいて相談に来られるケースをよく見かけます。
飲み込む力の衰えは、早めに気づけば体操で十分に取り戻せる段階から始まります。
この記事では、見逃したくないサインと5つの質問でできるセルフチェック、自宅で今日から始められる口の体操をまとめました。
目次
「飲み込みにくい」は口とのどの筋力が落ちてきたサイン
「ごっくん」は舌・唇・のどの連係プレー
飲み込むという動作は、あまりに毎日のことなので意識されることがありません。
けれど実際には、唇を閉じ、舌で食べ物をのどの奥へ送り込み、のどが持ち上がって気管の入り口にふたをする、という一連の動きが一瞬のうちに進んでいます。
どれか一つでも遅れると、食べ物や飲み物が気管のほうへ迷い込みます。
これが「誤嚥(ごえん)」です。
私はよく、飲み込みを「踏切」にたとえて説明します。
電車(食べ物)が通るタイミングで遮断機(気管のふた)がきちんと下りれば事故は起きません。
遮断機の動きが少し遅くなっただけで、ヒヤリとする場面が増えるわけです。
その遮断機を動かしているのが、舌やのどまわりの筋肉です。
誤嚥性肺炎は日本人の死因の第6位
誤嚥が怖いのは、細菌を含んだ唾液や食べ物が肺に入り、肺炎を起こすことがあるからです。
厚生労働省の令和7(2025)年人口動態統計月報年計(概数)の概況によると、2025年に誤嚥性肺炎で亡くなった方は64,396人で、死因の第6位でした。
死亡全体に占める割合は4.1%です。
数字だけ見ると遠い話に感じるかもしれません。
ただ、診療室で患者さんのご家族から「父が肺炎で入院して、それから食事が細くなって」というお話を聞くことは、正直なところ珍しくありません。
入院をきっかけに体力も飲み込む力も落ちる、という悪循環はできれば避けたいところです。
衰えのはじまりは「改善できる段階」
ここで、少し希望のあるお話をします。
日本老年医学会・日本老年歯科医学会・日本サルコペニア・フレイル学会が2024年に出したオーラルフレイルに関する3学会合同ステートメントでは、歯の喪失や食べる・話す機能の「軽微な衰え」が重なった状態を「オーラルフレイル」と呼び、改善も可能な状態だと定義しています。
つまり、むせやすさや食べにくさを感じ始めた時点は、まだ引き返せる地点です。
庭仕事にたとえるなら、葉が少し黄ばんできたくらいの段階です。
土を耕し水やりを見直せば、株はちゃんと持ち直します。
口の筋肉も同じで、手をかけた分だけ応えてくれます。
見逃したくない嚥下機能の衰えのサイン
食事中・食後に出るサイン
いちばん気づきやすいのは、やはり食事の場面です。
日本臨床耳鼻咽喉科医会の解説ページ「嚥下障害」に挙げられている症状をもとに、口の中で何が起きているかを添えて整理しました。
| よくあるサイン | 口とのどで起きていること |
|---|---|
| お茶や汁物でむせる | 水分は流れが速く、気管のふたが閉じるのが間に合わない |
| 食事中や食後に痰が増える、咳が出る | 少量の食べ物や唾液が気管に入りかけている |
| 1回で飲み込めず、何度も「ごっくん」をくり返す | 舌で送り出す力が弱く、のどに食べ物が残っている |
| 錠剤がのどに引っかかる | 舌とのどの動きのタイミングがずれている |
| 歯に問題がないのに食事に時間がかかる | 噛む・まとめる・送るの一連の動きが遅くなっている |
液体でむせるのは、飲み込みの衰えでかなり早い時期に出やすいサインです。
「とろみのあるスープなら平気なのに、お茶だとむせる」という方は、一度この記事のセルフチェックを試してみてください。
食事以外の場面に出るサイン
食卓を離れたところにもヒントはあります。
同じ医会のページでは、食べているのに痩せてきたことも嚥下障害の症状に挙げられています。
飲み込みにくいものを無意識に避けるうちに、食べる量や品数が減っていくためです。
診療室で私が気にかけているのは、食後の声の変化です。
食事のあとに声がガラガラと湿った感じになる方は、のどに食べ物や唾液が残っている可能性があります。
ほかにも、口の渇きが気になる、滑舌が悪くなったと言われる、といった変化も口の筋力の衰えとつながっています。
家族だからこそ気づける変化
ご本人は、むせや食べこぼしを「たまたま」と感じていることが多いものです。
むしろ一緒に食卓を囲むご家族のほうが、変化に先に気づきます。
- 好物だった肉料理やせんべいを残すようになった
- 食事の途中で水やお茶を何度も口にする
- 口の端から食べこぼしが増えた
- 食べ終わるまでに以前より時間がかかる
こうした変化があっても、責めるような口調で指摘するとご本人は隠すようになります。
「最近、お茶でむせることない?」と軽く聞くくらいが、ちょうどよい入り口です。
まずはセルフチェック。5つの質問で口の衰えを確かめる
オーラルフレイルのチェック項目「OF-5」
先ほどの3学会合同ステートメントでは、専門家がいない場所でも口の衰えを確かめられるよう、5つの質問からなるチェック項目「OF-5」が示されています。
道具はいりません。
ご自身の状態を思い浮かべながら答えてみてください。
| 項目 | 質問 | 当てはまる答え |
|---|---|---|
| 歯の数 | ご自身の歯は何本ありますか | 0〜19本 |
| 噛みにくさ | 半年前と比べて、固いものが食べにくくなりましたか | はい |
| 飲み込みにくさ | お茶や汁物等でむせることがありますか | はい |
| 口の渇き | 口の渇きが気になりますか | はい |
| 滑舌 | 普段の会話で、言葉をはっきりと発音できないことがありますか | はい |
歯の数は、差し歯や金属をかぶせた歯は自分の歯として数え、インプラントは数えません。
ご自分の歯の本数がわからない方は、次の歯科受診のときに聞いてみると教えてもらえます。
2つ以上当てはまったら
5つのうち2つ以上当てはまると、オーラルフレイルに該当します。
同じステートメントによると、地域で自立して暮らす高齢者のおよそ4割が該当し、フレイル(心身の虚弱)や要介護認定、死亡との関連も確認されています。
4割と聞くと多く感じますが、裏を返せば「気づいていないだけで、同じ状態の人が周りにたくさんいる」ということです。
当てはまったからといって落ち込む必要はありません。
次の章の体操を始めるきっかけにしていただければ十分です。
自宅でできる口の体操
ここからは、日本歯科医師会が公開している「オーラルフレイル対策のための口腔体操」から、飲み込む力に関わるものを選んでご紹介します。
どれも鏡があれば十分で、特別な道具はいりません。
口と舌をほぐす体操
まずは準備運動です。
口をすぼめたら、次に「イー」と横に大きく開く動きをくり返します。
続いて、ほほを大きく膨らませてから、すぼめる動きを数回行います。
舌の力をつけるには「舌圧訓練」がおすすめです。
舌の先を左のほほの内側に押しつけ、ほほの外側から自分の指で押さえます。
指に押し返すように、舌をゆっくり10回押しつけたら、右側も同じように行います。
パタカラ体操
介護予防の教室などで耳にしたことがある方も多いと思います。
「パ・タ・カ・ラ」の4つの音は、唇、舌先、舌の奥と、飲み込みに使う部分を順番に動かすように組まれています。
- 「パ」は唇をはじくように
- 「タ」は舌先を上の前歯の裏につけるように
- 「カ」は舌の奥を上あごの奥につけるように
- 「ラ」は舌を丸めるように
1つの音を8回ずつ、これを2セット行います。
「カ」で舌の奥を持ち上げる動きは、食べ物をのどへ送り込むときの動きとよく似ています。
速さより、一音一音をはっきり発音することを意識してください。
飲み込む力をつける体操
のどまわりの筋肉には、次の3つが効きます。
1つ目は開口訓練です。
口をゆっくり大きく開けて10秒保ち、しっかり閉じて10秒休みます。
あごに痛みが出ない範囲で行ってください。
2つ目はおでこ体操です。
手のひらをおでこに当てて押し、おでこでその手を押し返すようにしながら、おへそをのぞきこんで5つ数えます。
のど仏を持ち上げる筋肉に力が入るのがわかるはずです。
ただし、首に痛みのある方や血圧の高い方は避けてください。
3つ目はごっくん体操です。
のど仏に手を当て、あごを少し引いてつばを飲み込み、のど仏が上がった状態を5秒保ちます。
そのあと息を一気に吐き出します。
5秒が難しければ、できる長さからで構いません。
無理なく続けるための組み立て方
体操は、一度に全部やるより、毎日少しずつ続けるほうが効果を実感しやすいものです。
私が患者さんにお伝えしている組み立ての一例を載せておきます。
| タイミング | 行う体操 | 所要時間の目安 |
|---|---|---|
| 朝食の前 | 口と舌をほぐす体操、パタカラ体操 | 3分ほど |
| 昼食の前 | パタカラ体操 | 1分ほど |
| 夕食の前 | 開口訓練、ごっくん体操 | 3分ほど |
| 入浴中や就寝前 | おでこ体操(血圧の高い方は除く) | 1分ほど |
食事の前に行うのは、口とのどを目覚めさせてから食べ始めるためです。
テレビのCMの間にパタカラ、と決めてしまうのも、続けるうえではなかなか有効な作戦です。
体操より先に受診したほうがよいケース
急な変化や体重減少は耳鼻咽喉科へ
体操は、ゆるやかに進む衰えに向けたものです。
日本臨床耳鼻咽喉科医会のページでは、嚥下障害の原因として加齢のほかに、脳卒中や脳神経の病気、食道の入り口のがんなどが挙げられており、原因によって対処法が異なるとされています。
次のような場合は、体操で様子を見るより先に医療機関を受診してください。
- ここ数週間で急に飲み込みにくくなった
- 食べているのに体重が減ってきた
- のどに何かがつかえている感じが続く
- 飲み込みにくさと同時に、ろれつが回らない、手足がしびれるといった症状がある
最後の項目は脳卒中の可能性があるため、様子を見ずにすぐ救急外来へ向かうか、救急車を呼んでください。
それ以外は、まず耳鼻咽喉科で、のどに病気が隠れていないかを確かめてもらうと安心です。
歯科医院で調べられること
飲み込みの相談先として、歯科医院を思い浮かべる方はまだ少ないかもしれません。
実は2018年度から「口腔機能低下症」が医療保険の病名に加わり、歯科医院で舌の力(舌圧)や噛む力を測る検査が受けられるようになりました。
数字で結果が出るので、体操の効果を確かめる目安にもなります。
また、合わない入れ歯や抜けたままの歯があると、食べ物をうまくまとめられず、それが飲み込みにくさにつながっていることもあります。
30年あまり診療をしてきて、入れ歯を調整しただけで「むせが減った」とおっしゃる方を何人も見てきました。
体操と歯の治療は、車の両輪のようなものです。
まとめ
飲み込む力の衰えは、お茶でむせる、薬が引っかかる、食事に時間がかかるといった、ささいな変化から始まります。
OF-5の5つの質問で2つ以上当てはまったら、それは口が送ってくれた早めの合図です。
合図に気づいたら、まずは食事の前の3分間、口と舌を動かすところから始めてみてください。
パタカラ体操やごっくん体操は、今日の夕食前からでも取り組めます。
急な変化や体重減少があるときは体操を待たずに受診し、入れ歯や歯の状態が気になる方は、かかりつけの歯科医院で舌の力を測ってもらうのもよいと思います。
庭の草花と同じで、口の筋肉も手をかけた分だけ応えてくれます。
「おいしく食べて、楽しく話す」日々を長く続けるために、今日の「パ・タ・カ・ラ」から始めてみませんか。