乳歯の虫歯は「どうせ生え変わる」では済まない。永久歯に与える本当の影響

「乳歯はどうせ生え変わるのだから、虫歯があっても様子見でいいですよね」。
診療室で、親御さんからこう尋ねられることがあります。
歯科医師の大井美智子です。
私の答えは、いつも「いいえ」です。
乳歯の虫歯は、放っておくと、その下で育つ永久歯の質や歯並びにまで影響することがあるからです。
この記事では、乳歯の役割と虫歯が永久歯に及ぼす影響、見つかったときの治療と家庭での予防をお伝えします。

乳歯は「仮の歯」ではない

奥の乳歯は10〜12歳ごろまで使う

乳歯は上下合わせて20本あり、2歳半から3歳ごろに生えそろいます。
「生え変わる」と聞くと、小学校に入るころには全部抜けてしまう印象があるかもしれません。
実際には、生え変わりは何年もかけて少しずつ進みます。

時期の目安歯の変化
生後6〜7か月ごろ下の前歯から乳歯が生え始める
2歳半〜3歳ごろ乳歯20本が生えそろう
6歳ごろ前歯の生え変わりが始まり、乳歯の奥に6歳臼歯(第一大臼歯)が生える
9〜12歳ごろ乳犬歯と奥の乳歯(乳臼歯)が順に生え変わる
12〜13歳ごろ親知らずを除く永久歯28本がそろう

日本歯科医師会も、乳犬歯と乳臼歯が生え代わるのは9歳から12歳くらいにかけてと説明しています。
3歳で虫歯になった奥の乳歯は、そこからさらに7年ほど、毎日の食事を支え続けることになります。

永久歯の「場所取り」と「道案内」もしている

乳歯には、噛むことのほかにも大切な仕事があります。
後から生えてくる永久歯のために場所を確保し、正しい位置へ導くことです。

永久歯は乳歯よりひと回り大きく、乳歯のすき間や、奥の乳歯と後継の永久歯との大きさの差を使って、うまく並ぶようにできています。
厚生労働省の歯科保健指導の手引きでも、奥の乳歯は、その後ろに生える6歳臼歯を正しい位置に誘導する役割を持つとされています。
庭仕事にたとえるなら、次に植える苗のために畝を守り、支柱を立てておく役目を、乳歯が担っているのです。

乳歯の虫歯が永久歯に及ぼす影響

根の先の炎症が、下で育つ永久歯を傷める

永久歯のもと(歯胚)は、乳歯の根のすぐ下で、何年もかけてゆっくり育っています。
乳歯の虫歯が深くなって神経が死に、細菌の感染が根の先まで広がると、その炎症が形成途中の永久歯に及ぶことがあります。

こうして永久歯のエナメル質がうまく作られなかった状態を「ターナー歯」と呼びます。
日本小児歯科学会は、ターナー歯を、虫歯や外傷による乳歯の根の先の炎症が原因で起こる、後継永久歯のエナメル質形成不全と定義しています。
生えてきた永久歯に白や茶色の斑点があったり、表面がでこぼこしていたりするのが特徴で、小臼歯や前歯に見られます。
エナメル質がもろいため、生えたばかりなのに虫歯になりやすいのがやっかいなところです。

1983年の小児歯科学雑誌の研究では、乳歯の根の先に炎症があった子ども74例のうち19例(25.7%)で、永久歯の芽が病巣を避けるように位置がずれていました。

誤解のないように付け加えると、日本小児歯科学会は「乳歯の神経をとっても永久歯の神経には影響はありません」と説明しています。
永久歯に影響が出やすいのは、虫歯を治療しないまま放置して、炎症が根の先まで広がった場合です。
早めに治療しておけば、多くの場合は防げます。

早く抜けると、歯並びが乱れやすくなる

虫歯で奥の乳歯が大きく欠けたり、早く抜けたりすると、空いたすき間に後ろの歯が倒れ込むように移動してきます。
とくに6歳臼歯が前に寄ってくると、本来そこに生えるはずだった永久歯の場所がなくなってしまいます。
日本小児歯科学会も、歯並びやかみ合わせが悪くなる要因の一つとして、乳歯を虫歯などで早く失い、永久歯の生える場所がなくなることを挙げています。

場所を失った永久歯は、歯並びの外側や内側にずれて生えてきます。
乳歯1本の虫歯が、何年も後の矯正治療につながることもあるのです。

虫歯菌の多い口に、生えたての永久歯が出てくる

生えたばかりの永久歯は、まだ十分に硬くなっていません。
厚生労働省のe-ヘルスネットによると、生えて間もない歯は石灰化が未成熟で酸に溶かされやすく、石灰化が終わるまでに生えてから2〜4年かかります。
同じページでは、子どもにできる虫歯の8割以上が、歯ブラシの届きにくい奥歯の溝から発生しているという報告も紹介されています。
6歳ごろに生える6歳臼歯は、まさにこの条件がそろった歯です。

乳歯に虫歯がたくさんある口の中は、虫歯菌が住みつきやすい環境になっています。
中国の子ども362人を8年間追った研究では、乳歯に虫歯があった子は、永久歯に虫歯ができるリスクが2.6倍でした。
休日に土いじりをしていると、病気の出た畑に新しい苗を植えても、土が同じなら同じ病気が出やすいことを実感します。
口の中の細菌の集まり(口腔フローラ)も土壌と同じで、乳歯の時期に整えておくことが、永久歯を守る下地づくりになります。

乳歯の虫歯は進みが速く、気づきにくい

エナメル質の厚みは永久歯の半分ほど

乳歯は、エナメル質や象牙質の厚みが永久歯の半分程度しかありません。
そのため、いったん虫歯になると進行が速く、神経まで届くのもあっという間です。
「次の健診で見てもらえばいいか」と半年待つあいだに、小さな虫歯が神経の治療が必要な大きさになっていることも珍しくありません。

「痛がらないから大丈夫」は当てにならない

乳歯の虫歯は、子どもが痛みを訴えないことが多く、気づいたときには進んでいることが少なくありません。
日々の仕上げ磨きのときに、次のような変化がないか見てあげてください。

  • 歯の表面が白く濁っている、または茶色や黒っぽくなっている
  • 歯と歯の間に、黒い線や影のようなものが見える
  • 冷たいものや甘いものを嫌がる、片側ばかりで噛む
  • 歯ぐきに、ニキビのような小さなふくらみがある

最後の歯ぐきのふくらみは、根の先にたまった膿の出口であることが多く、永久歯への影響が心配な段階です。
痛みがなくても、早めに歯科医院を受診してください。

虫歯のある子どもは年々減っています。
文部科学省の令和7年度学校保健統計では、虫歯のある子の割合は幼稚園で19.44%、小学校で30.83%と、どちらも過去最小でした。
それでも小学生のおよそ3人に1人ですから、決してめずらしい病気ではありません。

乳歯の虫歯が見つかったら

虫歯の深さに応じた治療の選択肢

乳歯の虫歯の治療は、進み具合によって変わります。
ごく初期の、表面が白く濁っただけの段階なら、削らずに歯磨きとフッ化物で再石灰化を待てることもあります。
ただし、穴があいてしまった虫歯は元には戻りません。

虫歯の状態主な対応
表面が白く濁った初期の段階歯磨きの見直しとフッ化物の塗布で経過を見る
治療を受けるのが難しい年齢進行を抑える薬(サホライド)を塗る。塗った部分は黒くなる
エナメル質や象牙質まで進んだ削って樹脂(レジン)を詰める。大きければ詰め物やかぶせ物にする
神経まで達した乳歯の神経の治療をしてから、かぶせ物をする
早く抜けた、抜歯が必要になった必要に応じて、永久歯の場所を保つ装置(保隙装置)を使う

奥の乳歯にかぶせた銀歯は、生え変わりのときに乳歯と一緒に取れますので、心配はいりません。

治療を怖がる子には、慣れる時間をつくる

小さな子にとって、歯科医院は知らない音と匂いだらけの場所です。
泣いて暴れる子を押さえつけて治療すると、その子は大人になっても歯科医院を避けるようになりかねません。
私は、急がなくてよい虫歯であれば、薬で進行を抑えておき、まずは診療室の椅子に座って歯を数えるだけの日をつくるようにしてきました。
治療のタイミングは、虫歯の進み具合と子どもの様子を見ながら、かかりつけの歯科医と相談して決めてください。

家庭でできる予防

年齢に合ったフッ化物配合の歯磨き粉を使う

2023年に日本小児歯科学会など4つの学会がまとめた提言では、年齢ごとに次の量と濃度が勧められています。

年齢歯磨き粉の量フッ化物濃度
歯が生えてから2歳米粒程度(1〜2mm)900〜1,000ppmF
3〜5歳グリーンピース程度(5mm)900〜1,000ppmF
6歳以上歯ブラシ全体(1.5〜2cm)1,400〜1,500ppmF

どの年齢でも、寝る前を含めた1日2回の歯磨きが基本です。
うがいができる年齢になったら、すすぎは少量の水で1回にとどめ、フッ化物を口の中に残します。

仕上げ磨きは、生えたての永久歯が落ち着くまで

仕上げ磨きは、少なくとも寝る前には必ず行ってください。
やめどきの目安は、こども家庭庁の関連資料では小学校中学年ごろまでとされています。
6歳臼歯は奥にあって背も低く、子どもの歯ブラシがなかなか届きません。
永久歯が生えそろうまでの数年間は、保護者の目と手が頼りです。

おやつは時間と量を決める

甘いものを禁止する必要はありません。
気をつけたいのは、だらだらと食べ続けることです。
おやつは1日2回程度、時間と量を決めて出し、普段の飲み物は水や麦茶にしましょう。
ジュースやイオン飲料、乳酸菌飲料は、虫歯になりやすい飲み物として注意が呼びかけられています。

まとめ

乳歯は「どうせ生え変わる」仮の歯ではなく、奥歯なら10〜12歳ごろまで働き、永久歯の場所を守る大切な歯です。
乳歯の虫歯を放置して炎症が根の先まで広がると、下で育つ永久歯のエナメル質が傷んだり、早く抜けて歯並びが乱れたりすることがあります。
虫歯菌の多い口の中に、まだやわらかい永久歯が生えてくることも見逃せません。

一方で、早めに見つけて治療すれば、永久歯への影響の多くは防げます。
痛がらないから大丈夫と考えず、白く濁った歯や歯ぐきのふくらみに気づいたら、早めに歯科医院へ連れてきてください。
乳歯を大切にした時間は、何十年も使う永久歯への、いちばん確かな贈り物になります。