夜中にズキズキと歯がうずきだして、藁にもすがる思いでこのページにたどり着いた方も多いと思います。昼間はなんともなかったのに、布団に入って電気を消した途端、痛みがじわじわと強くなる。歯医者はとっくに閉まっている。朝まで、この痛みとどう付き合えばいいのか。心細い夜を過ごしている方に、まずお伝えしたいことがあります。落ち着いて正しい手当てをすれば、朝の受診までをずいぶん楽に乗り切れます。
申し遅れました。神奈川県の歯科医院で副院長を務めております、大井美智子と申します。歯科医になって30年あまり、「ゆうべは痛くて一睡もできませんでした」と青い顔で駆け込んでくる患者さんを、それこそ数えきれないほど診てきました。そのたびに感じるのは、痛みそのもの以上に「どうしていいかわからない」という不安が、夜をいっそう長くしているということ。
この記事では、なぜ歯は決まって夜に痛みだすのかという理由から、受診までの正しい応急処置、つい手を出しがちなNG行動、そして「これは朝まで待てない」という危険なサインの見分け方までを、診療室でいつも患者さんにお話ししている内容そのままにまとめました。痛みでつらい中だと思います。気になるところだけ拾い読みしていただいて構いません。
目次
なぜ歯は「夜」に限って痛みだすのか
「昼間は平気だったのに、どうして夜になると痛むんでしょう」。これは本当によく聞かれる質問です。気のせいでも、運が悪いわけでもありません。夜に歯が痛みやすいのには、体のしくみに基づいたきちんとした理由があります。まずはそこを知っておくと、これからお伝えする手当ての意味もすっと腑に落ちるはずです。
横になると血液が頭に集まる
日中、立ったり座ったりしているとき、血液は重力に従って体の下のほうへ流れやすくなっています。ところが横になると、その重力の影響が小さくなり、血液が頭や顔のほうへ集まりやすくなる。
歯の内部には「歯髄(しずい)」と呼ばれる、神経と血管がぎゅっと詰まった組織があります。ここに炎症が起きていると、流れ込む血液が増えて血管がふくらみ、そのぶん内部の圧力が高まって、神経が締めつけられます。これが、横になった途端にズキンと響く痛みの正体です。立ち上がると少し楽になるのも、同じ理屈で説明がつきます。
リラックスすると血管が広がる
夜は一日の緊張がほどけて、体が休息モードに切り替わる時間です。このとき主役になるのが副交感神経で、血管をゆるめて血の巡りをよくする働きがあります。
体の回復にとっては欠かせないしくみですが、炎症を起こしている歯にとっては裏目に出ます。広がった血管に血液が流れ込み、これもまた神経を圧迫して痛みを強める。お風呂上がりや、寝る前にほっと一息ついた頃に限って痛みだすのは、このためです。
静かな夜は痛みに意識が向く
昼間は仕事や家事、人との会話など、気を紛らわせてくれるものがたくさんあります。痛みが多少あっても、ほかのことに注意が向いていれば案外やり過ごせるものです。
ところが夜、明かりを消して一人静かに横になると、意識を向ける先が「痛み」しか残りません。同じ強さの痛みでも、夜のほうが何倍も大きく感じられる。これは心の弱さではなく、人間の感覚のごく自然な働きです。だからこそ、これからお話しする「気を楽にする工夫」が効いてきます。
その痛み、原因はひとつではない
ひとくちに「歯が痛い」と言っても、その裏にある原因はさまざまです。原因によって痛み方も、この後の対処の急ぎ具合も変わってきます。代表的なものを整理しました。
| 主な原因 | どんな痛み方をするか | ひとことメモ |
|---|---|---|
| 歯髄炎(神経の炎症) | 何もしなくてもズキズキ脈打つように痛み、夜に強くなる | 虫歯が神経まで進んだ状態。早めの治療が必要 |
| 根尖性歯周炎(根の先の炎症) | 噛むと響く、歯が浮いた感じ、鈍く重い痛み | 神経が死んだ後、根の先に膿がたまっていることが多い |
| 智歯周囲炎(親知らずの炎症) | 奥歯の歯ぐきが腫れて痛む、口が開けにくい | 疲れや寝不足で抵抗力が落ちたときに起きやすい |
| 知覚過敏 | 冷たいものや甘いものでキーンとしみる、短い痛み | 比較的軽いことが多いが、繰り返すなら受診を |
| 歯ぎしり・食いしばり | 朝起きたとき歯やあごがだるい、複数の歯が痛む | 睡眠中の食いしばりやストレスが背景にあることも |
| 歯のひび割れ・破折 | 噛んだ瞬間に鋭く走る痛み | 古い詰め物や、硬いものを噛んだことがきっかけにも |
自分がどれに近そうか見当をつけておくと、この後の判断に役立ちます。ただし、素人判断で「たいしたことない」と決めつけるのは禁物。あくまで目安として眺めてください。
受診までにできる、正しい応急処置
ここからが本題です。歯医者が開くまでの時間を、少しでも楽に過ごすための手当てをお伝えします。難しいことは何もありません。手近なものでできることばかりです。順番に試してみてください。
まずは市販の鎮痛薬を正しく使う
一番頼りになるのは、やはり市販の痛み止めです。ドラッグストアで手に入る解熱鎮痛薬は、頭痛や生理痛だけでなく、歯の痛みにもしっかり効きます。
成分にはいくつか種類があり、それぞれ持ち味が違います。代表的なものをまとめました。
| 成分(市販薬での呼ばれ方の例) | 持ち味 | 気をつけたい点 |
|---|---|---|
| アセトアミノフェン(タイレノールなど) | 脳に働きかけて痛みをやわらげる。胃にやさしく、安全性が高い | 炎症を抑える力はおだやか。決められた量なら子どもや妊娠中でも比較的使いやすいが、自己判断せず薬剤師に相談を |
| ロキソプロフェン(ロキソニンSなど) | 鎮痛作用が強く、歯科でもよく処方される | 15歳未満は使えない。空腹時の服用は避ける |
| イブプロフェン(イブなど) | 痛みと炎症の両方に働き、胃への負担は比較的少ない | 15歳未満は使えない |
飲むときのコツが、いくつかあります。
- 痛くなりはじめの早い段階で飲む。痛みがピークに達してからでは効きにくい
- 空腹のまま飲むと胃を荒らしやすいので、何か少しお腹に入れてから飲む
- お茶やコーヒー、お酒ではなく、水かぬるま湯で飲む
- 効きはじめるまで30分から1時間ほどかかる。すぐ効かなくても、焦って追加で飲まない
最後の点は特に大事です。効かないからと立て続けに飲むと、決められた量を超えて胃や肝臓に負担がかかります。用法用量は必ず守ってください。市販薬の使い方に迷ったら、解熱鎮痛薬の成分ごとの違いをわかりやすくまとめた第一三共ヘルスケアの「解熱鎮痛薬の選び方」が参考になります。
頬の外側から「冷やす」。ただし冷やしすぎない
痛むほうの頬を外側から冷やすと、血の巡りが落ち着いて痛みがやわらぎます。保冷剤や氷のうをタオルで包んで、そっと当ててみてください。
ここで気をつけてほしいのが、冷やし方の加減です。氷を直接肌に当てたり、キンキンに冷やしすぎたりするのは逆効果。冷やしすぎると今度は血行が悪くなり、まわりの組織を傷めることがあります。「ひんやりして気持ちいい」と感じる程度で十分です。
もうひとつ。すでに頬やあごが腫れている場合は、冷やし方をさらにひかえめにしてください。腫れているところを強く冷やすと、かえって治りを妨げます。腫れを伴うときは、濡らして固く絞ったタオルを当てるくらいの、ごく軽い冷却にとどめましょう。冷やすか温めるかで迷ったら、温めない。これだけ覚えておけば大丈夫です。
口の中を清潔にする
痛む歯に食べかすが詰まっていると、それが刺激になって痛みを増すことがあります。ぬるま湯で口を軽くゆすいで、汚れを流しましょう。
ゴシゴシ磨く必要はありません。やわらかい歯ブラシで、痛む歯のまわりをそっとなでるように清掃する程度で十分です。冷たい水でうがいをすると、知覚過敏のある歯にはしみて痛むことがあるので、人肌くらいのぬるま湯を使ってください。きれいになると気分も少し落ち着きます。
体を休め、頭を少し高くして横になる
血行がよくなりすぎると痛みが増す、と先ほどお伝えしました。裏を返せば、安静にして血の巡りを落ち着かせることが、何よりの手当てになります。
横になるときは、枕を高めにして頭を心臓より上にすると、頭部に血液が集まりにくくなり、ズキズキがいくらかやわらぎます。痛みで眠れないときも、スマートフォンを見て夜更かしするより、部屋を暗くして静かに体を休めるほうが、結果的に痛みは引きやすい。気がまぎれる音楽を小さく流すのもいい方法です。
やってはいけないNG行動
よかれと思ってやったことが、かえって痛みを悪化させてしまう。診療室では、そんなケースを本当によく見かけます。夜のうちに避けてほしいことを、はっきりお伝えします。
体を温める行為は痛みを増やす
繰り返しになりますが、痛む歯にとって血行促進は大敵です。次のような行動は、その日だけは我慢してください。
- 湯船にゆっくり浸かる(その日はシャワーでさっと済ませる)
- ランニングや筋トレなど汗をかく運動
- お酒で気を紛らわせる
- たばこを吸う
入浴・運動・飲酒は、どれも血の巡りをよくして痛みを増幅させます。「一杯やれば寝られるだろう」という考えは、たいてい裏目に出ます。たばこは血流を悪くして傷の治りを妨げるうえ、痛み止めの効きも落とすので、痛むときほど控えたいところです。
患部を刺激しない
痛む場所が気になって、つい指や舌で触れたくなる気持ちはよくわかります。でも、口の中には無数の細菌がいます。触れることで雑菌が入り込み、炎症を悪化させかねません。
「まだ噛めるかな」と痛む歯で食べ物を試したり、つまようじでほじったりするのも禁物です。刺激は痛みを増すだけでなく、すでに弱っている歯にとどめを刺すことにもなります。痛む歯は、そっとしておく。これが鉄則です。
自己流の民間療法に頼らない
「正露丸を虫歯の穴に詰めると痛みが取れる」。年配の方を中心に、いまも語り継がれている民間療法です。たしかに正露丸の主成分である木クレオソートには痛みを抑える性質があり、これは歯科の治療でも使われてきた成分でもあります。
ただ、歯科医の立場からは、おすすめできません。クレオソートで一時的に痛みが鈍ることはあっても、虫歯そのものが治るわけではないからです。それどころか、虫歯が神経まで進んだ歯に詰めると、刺激でかえって激しく痛んだり、その後の治療の妨げになったりします。庭仕事をしていると、葉の色が悪いからと葉だけ手入れしても、根が傷んでいる木は元気にならないと痛感します。歯も同じで、痛みという「葉」を一時しのぎで抑えても、原因という「根」は治療でしか良くなりません。
痛み止めの量を増やさない、痛みが引いても放置しない
最後に、見落とされがちな2つの注意を。ひとつは、痛み止めの量を勝手に増やさないこと。もうひとつは、痛みが引いたからといって受診をやめないことです。
虫歯や歯髄炎が自然に治ることは、まずありません。夜のあいだに痛みがおさまったとしても、それは炎症が一段落しただけで、原因がなくなったわけではないのです。ここまでのNG行動を、最後にもう一度チェックリストにまとめておきます。
- 入浴・運動・飲酒・喫煙で体を温める
- 痛む歯を指や舌でさわる、つつく、その歯で噛む
- 正露丸などを虫歯の穴に詰める
- 痛み止めを決められた量より多く、または短い間隔で飲む
- 痛みが引いたから治ったと考えて受診しない
痛み止めが効かないときに考えられること
「市販の薬を飲んだのに、まったく効きません」。夜間にこう訴える患者さんは少なくありません。薬が効かないのには理由があり、そしてそれは、たいてい「歯の状態がそれだけ進んでいる」というサインです。
炎症が神経や骨の奥まで広がっている
虫歯が歯の神経にまで達して炎症を起こした状態を、歯髄炎と呼びます。こうなると炎症の範囲が広がり、市販の鎮痛薬では痛みを抑えきれないことがあります。
さらに進むと、炎症は歯を支える骨のまわりにまで及びます。痛みの発生源が深く、広くなるほど、飲み薬だけでカバーするのは難しくなる。これは薬の力不足というより、歯が治療を急いでいる合図と受け止めてください。
膿がたまって内圧が高まっている
神経が死んだ後、根の先に膿がたまる「根尖性歯周炎」では、骨の中で膿が逃げ場を失い、圧力がどんどん高まります。風船を硬い箱の中でふくらませるようなもので、この内側からの圧力が、あの拍動するような激痛を生みます。
膿がたまって炎症が強いところでは、痛み止めの成分がうまく働きにくいことも知られています。だからこそ、いくら薬を飲んでも追いつかない。こうなると、歯科で膿の逃げ道を作ってあげないかぎり、痛みは本当の意味では引きません。
「効かない」は受診を急ぐサイン
市販の鎮痛薬は、あくまで痛みを一時的にやわらげる道具です。虫歯や歯周病、炎症そのものを治す力はありません。
だから「薬が効かない」という事実は、裏返せば「もう市販薬で抑えられる段階を超えている」という重要なメッセージです。我慢比べを続けるのではなく、できるだけ早く歯科を受診してください。次にお話しするような症状があれば、朝を待たずに動く必要があります。
こんな症状はすぐ受診を。夜間・休日でも迷わないで
歯の痛みの多くは、応急処置でしのいで翌日の受診で間に合います。けれども、なかには「朝まで待ってはいけない」ケースがあります。見分けるポイントをお伝えします。
命に関わることもある危険なサイン
歯が原因の炎症は、歯やあごだけにとどまらず、首やのどのほうへ広がることがあります。こうなると、ごくまれにですが、気道がふさがれたり全身に細菌が回ったりして、命に関わることもあります。次のような症状があれば、夜間でも休日でも、迷わず救急の歯科口腔外科や救急外来を頼ってください。
- 顔や頬、あごがはっきりと腫れてきた
- 38度以上の熱が出てきた
- 口が指2本分も開けられない
- 唾や水を飲み込むのもつらいほど、のどが痛む
- 息がしづらい、声がこもる
こうした顔やあごの腫れの危険性については、日本口腔外科学会の口腔外科相談室でも、むし歯や治療した歯のそばに痛みと腫れがあれば膿がたまっている可能性があり、すぐ受診するよう促しています。腫れと高熱がそろったら、それは体が出している赤信号です。
夜間・休日に頼れる相談窓口
「でも、夜中にどこへ行けばいいの」という声が聞こえてきそうです。いくつか頼れる窓口があります。
多くの市区町村や歯科医師会は、休日や夜間に急な歯の痛みへ対応する「休日夜間歯科診療所」を設けています。「お住まいの自治体名+休日夜間歯科診療」で検索すると、最寄りの窓口が見つかります。
救急車を呼ぶべきか、今すぐ病院へ行くべきか判断に迷うときは、救急安心センター事業の電話相談「#7119」も使えます(実施していない地域もあります)。看護師などが症状を聞いて、受診の必要性や近くの医療機関を案内してくれます。明らかに様子がおかしい、意識がもうろうとするといった緊急時は、ためらわず119番を。
痛みが引いても「治った」わけではない
朝になって痛みがすっかり消えると、「なんだ、治ったのか」とほっとして、つい受診を先延ばしにしたくなります。ここが落とし穴です。
痛みが消えたのは、炎症が一段落しただけ、あるいは神経が死んでしまって痛みを感じなくなっただけかもしれません。原因の虫歯や膿は、水面下で静かに進んでいます。痛みがあろうとなかろうと、一度つらい夜を過ごしたなら、必ず歯科を受診してください。早く診せてくれたねと、私たち歯科医はいつでも歓迎します。
まとめ
急な歯痛に襲われた夜は、不安で時間が止まったように感じるものです。最後に、覚えておいてほしいことを振り返ります。
夜に痛むのは、横になって頭に血が集まり、神経が圧迫されるから。だから手当ての基本は、痛み止めを早めに正しく飲み、頬を冷やしすぎない程度に冷やし、頭を高くして安静にすること。逆に、入浴・運動・飲酒で体を温めたり、患部を触ったり、民間療法で穴を詰めたりするのは、痛みを悪化させるだけです。
そして、薬が効かないとき、顔が腫れて熱が出たとき、口が開かない・飲み込めない・息がしづらいときは、朝を待たずに救急を頼ってください。痛みが引いても、原因は消えていません。つらい夜を越えたあなたへ。どうか「治ったかも」で終わらせず、明るくなったら歯科の扉を叩いてください。その一歩が、次の眠れない夜を防ぐ一番の近道です。