本当は怖い「病的口臭」。セルフケアで消えない臭いの裏に隠された病気のサイン

こんにちは。神奈川県鎌倉市で歯科医師をしております、大井美智子と申します。総合歯科医院で副院長として、これまで30年以上、多くの患者さんのお口の健康と向き合ってまいりました。

「毎日しっかり歯を磨いているのに、どうしてか口の臭いが消えない…」
「家族や親しい人に、口臭を指摘されてショックを受けた…」

私のクリニックにも、このようなお悩みを抱えて来院される方が少なくありません。口臭は非常にデリケートな問題です。ご自身では気づきにくく、また、人にも相談しづらいため、一人で抱え込んでしまう方も多いのではないでしょうか。

ですが、そのセルフケアでは消えない頑固な口臭、もしかしたら単なるお口の問題だけではないかもしれません。実は、体の内側からのSOSサインである可能性も潜んでいるのです。

この記事では、長年の臨床経験を持つ歯科医師の視点から、ご自身では判断しにくい「病的口臭」について、その原因から対処法まで、詳しく、そして分かりやすく解説していきます。この記事を読み終える頃には、あなたの長年の悩みの正体が分かり、次の一歩を踏み出す勇気が湧いてくるはずです。

その口臭、心配なもの?「生理的口臭」と「病的口臭」の違い

ひとくちに「口臭」と言っても、実はいくつかの種類に分けられます。まずは、心配のいらない口臭と、注意すべき口臭の違いからご説明しましょう。

誰にでもある自然な「生理的口臭」とは

朝起きた時や、空腹時、あるいは緊張して口がカラカラに乾いた時などに、口の臭いが気になることはありませんか?これは「生理的口臭」と呼ばれるもので、誰にでも起こりうる自然な現象です。

睡眠中は唾液の分泌が減るため、お口の中で細菌が増殖しやすくなります。これが起床時の口臭の主な原因です。 同様に、ストレスや緊張も唾液の分泌を抑えるため、口臭が強まることがあります。

こうした生理的口臭は一時的なもので、歯磨きをしたり、食事や水分を摂ったりすることで唾液の分泌が促されれば、自然と弱まっていくのが特徴です。

歯磨きをしても消えない「病的口臭」は注意が必要なサイン

一方で、一日中臭いが続く、歯磨きをしてもすぐに臭いが戻ってきてしまう、という場合は「病的口臭」の可能性があります。 これは文字通り、何らかの病気が原因で発生している口臭のことです。

そして重要なのは、その原因の約9割が、歯周病や虫歯といったお口の中のトラブルにあるということです。 しかし、残りの1割には、体の他の部分の病気が隠れているケースもあるのです。

口臭原因の9割はお口の中に。まずは歯科で解決できる口臭

セルフケアで口臭が改善しない場合、まず疑うべきはお口の中のトラブルです。ご自身では気づかないうちに、お口の中で問題が進行しているかもしれません。

最も多い原因「歯周病」:独特の“腐った玉ねぎ”のような臭い

病的口臭の最大の原因と言われるのが「歯周病」です。 日本の成人の多くが罹患している、あるいはその予備軍とも言われる身近な病気ですが、口臭との関わりは非常に深いものがあります。

歯周病が進行すると、歯と歯茎の間に「歯周ポケット」という深い溝ができます。この溝は、酸素を嫌う細菌(嫌気性菌)にとって絶好の隠れ家となります。これらの細菌が、お口に残ったタンパク質(食べかすや剥がれた粘膜など)を分解する際に、「揮発性硫黄化合物(VSC)」という強烈な臭いを持つガスを発生させるのです。

特に、歯周病の口臭は「メチルメルカプタン」というガスが主成分で、「腐った玉ねぎ」や「生臭い魚」のような臭いがすると言われています。 もしご家族からこのような臭いを指摘されたら、歯周病が進行しているサインかもしれません。

進行した「虫歯」:食べ物が腐ったような不快な臭い

大きな虫歯ができて、歯に穴が開いてしまうと、そこに食べかすが詰まりやすくなります。詰まった食べかすが細菌によって腐敗し、不快な臭いを放つことがあります。

さらに虫歯が神経まで達すると、歯の神経組織そのものが腐敗し、より強い腐敗臭を発生させる原因となります。

舌の上の細菌の絨毯「舌苔(ぜったい)」

鏡でご自身の舌を見てみてください。表面が白や黄色っぽい苔のようなもので覆われていませんか?これは「舌苔(ぜったい)」と呼ばれるもので、細菌や食べかす、剥がれた粘膜細胞などが堆積したものです。

実は、この舌苔が口臭の6割を占める原因だというデータもあります。 舌の表面は絨毯のように細かく複雑な構造をしており、細菌が非常に付着しやすいのです。舌苔が厚くなると、そこが細菌の温床となり、歯周病と同じように揮発性硫黄化合物を産生して口臭を引き起こします。

その他(唾液の減少、合わない被せ物など)

加齢や薬の副作用、ストレスなどで唾液の分泌量が減る「ドライマウス」も、口臭の大きな原因です。 唾液にはお口の中を洗い流す自浄作用や、細菌の増殖を抑える抗菌作用があるため、唾液が減ると細菌が繁殖しやすくなり、口臭が悪化します。

また、古くなって隙間ができた被せ物や詰め物の下に汚れが溜まり、細菌が繁殖して臭いの原因になることもあります。

原因臭いの特徴対策のポイント
歯周病腐った玉ねぎ、生臭い、血生臭い歯科医院での専門的な治療(歯石除去など)が必須
虫歯食べ物が腐ったような臭い虫歯治療。神経まで達している場合は根管治療が必要
舌苔卵が腐ったような臭い専用の舌ブラシで優しく清掃。やりすぎは禁物
ドライマウス酸っぱいような臭い、食べかすの臭い水分補給、唾液腺マッサージ、原因疾患の治療

それでも消えない…もしかしたら体からのSOS?全身疾患が原因の口臭

歯科医院で診てもらい、お口の中の問題は解決したはずなのに、まだ口臭が気になる…。そのような場合は、体の他の部分に原因が隠れている可能性があります。息に混じる特有の臭いは、時として内臓の病気を知らせる重要なサインとなるのです。

甘酸っぱい臭いは危険信号?「糖尿病」のサイン“アセトン臭”

もし、ご自身の息やりんごが腐ったような、あるいは除光液のような甘酸っぱい臭いがすると感じたら、それは「糖尿病」のサインかもしれません。 この臭いは「アセトン臭(ケトン臭)」と呼ばれます。

糖尿病でインスリンの働きが悪くなると、体はエネルギー源として糖の代わりに脂肪を分解し始めます。その過程で「ケトン体」という物質が作られ、その一種であるアセトンが血液中に増え、肺を通して呼気として排出されるのです。

このアセトン臭がするということは、血糖コントロールがかなり悪化している状態を示唆している可能性があり、注意が必要です。

ツンとくるアンモニア臭は内臓の悲鳴?「腎臓病・肝臓病」

ツンと鼻をつくようなアンモニア臭(尿のような臭い)がする場合、腎臓や肝臓の機能が低下している疑いがあります。

  • 腎臓病:腎臓は、血液をろ過して老廃物を尿として排出する役割を担っています。腎機能が低下すると、体内の尿素などの老廃物を十分に排出できなくなり、血中のアンモニア濃度が上昇。これが呼気に混じり、アンモニア臭となります。
  • 肝臓病:肝臓には、体内で発生した有毒なアンモニアを無毒な尿素に分解する働きがあります。肝硬変などで肝機能が著しく低下すると、この分解が追いつかなくなり、同様に血中のアンモニアが増加して口臭の原因となります。

肝臓は「沈黙の臓器」とも呼ばれ、自覚症状が出にくいことで知られています。口臭が病気の早期発見のきっかけになることもあるのです。

食べ物の腐敗臭や酸っぱい臭い:「消化器系・呼吸器系の病気」

お口の中は清潔なのに、食べ物が腐ったような臭いや、酸っぱい臭いが続く場合もあります。

  • 消化器系の病気:逆流性食道炎では、胃酸が食道へ逆流するため、酸っぱい臭いがすることがあります。 また、胃がんなどでは、組織が壊死することで腐敗臭が生じることも報告されています。
  • 呼吸器系の病気:慢性的な副鼻腔炎(蓄膿症)や扁桃炎、気管支炎など、鼻や喉、気管支の病気で膿が溜まっていると、その膿の臭いが呼気に混じって口臭となることがあります。
臭いの種類考えられる病気簡単なメカニズム
甘酸っぱい臭い(アセトン臭)糖尿病糖の代わりに脂肪が分解され、ケトン体(アセトン)が発生
アンモニア臭(尿のような臭い)腎臓病、肝臓病体内のアンモニアや尿素が分解・排出されず血中に増加
腐敗臭消化器系(胃がん等)、呼吸器系(肺がん等)病変部の組織が壊死・化膿して発生
酸っぱい臭い逆流性食道炎胃酸が食道へ逆流し、その臭いが口まで上がってくる

「もしかして…」と思ったら。今日からできること、専門家への相談

ここまで読んで、ご自身の口臭に不安を感じた方もいらっしゃるかもしれません。しかし、いたずらに怖がる必要はありません。まずは現状を客観的に把握し、適切な行動をとることが大切です。

自分でできる口臭セルフチェックリスト

ご自身の口臭がどの程度なのか、簡単な方法でチェックすることができます。

  • コップや袋でチェック:清潔なコップやビニール袋に息を「ハーッ」と吹き込み、すぐに蓋をして、一度新鮮な空気を吸ってから中の臭いを嗅いでみます。
  • デンタルフロスでチェック:歯と歯の間に通した後のデンタルフロスの臭いを嗅いでみましょう。歯周ポケットの状態を知る手がかりになります。
  • 唾液でチェック:手の甲や手首の内側を舌で舐め、10秒ほど待って乾いてから臭いを嗅いでみます。
  • 舌の色をチェック:鏡で舌を見て、舌苔が分厚く付着していないか確認します。健康な舌はきれいなピンク色をしています。

これらのセルフチェックで強い臭いを感じる場合は、一度専門家に相談することをお勧めします。

何科を受診すればいい?迷ったら、まずは「歯科」へ

「口臭で病院に行くなんて…」とためらわれるかもしれませんが、病的口臭は専門的な治療が必要なサインです。

では、何科を受診すればよいのでしょうか。答えは、まず「歯科」です。
先述の通り、病的口臭の原因の9割はお口の中にあります。 全身の病気を心配する前に、まずは最大の原因であるお口の中の状態をプロの目でしっかりとチェックしてもらうことが、解決への一番の近道なのです。

歯科医院(口臭外来)ではどんな検査をするの?

最近では、口臭治療を専門に行う「口臭外来」を設けている歯科医院も増えています。口臭外来では、以下のような客観的な検査を行います。

  • 口臭測定器による検査:専用の機械で呼気に含まれる揮発性硫黄化合物の濃度を測定し、口臭の強さや原因物質を特定します。
  • 口腔内診査:虫歯や歯周病の進行度、舌苔の付着状態、詰め物・被せ物の適合状態などを詳しく調べます。
  • 唾液検査:唾液の分泌量や質(緩衝能など)を調べ、ドライマウスの傾向がないかを確認します。

これらの検査によって原因を正確に突き止め、一人ひとりに合った治療法やセルフケアの方法を提案してくれます。もし歯科的な問題が見つからなかった場合は、適切な医科(内科、消化器科、耳鼻咽喉科など)への受診を勧めてくれるでしょう。

まとめ

毎日丁寧に歯を磨いても消えない口臭は、ご本人にとって本当につらく、深刻な悩みだと思います。しかし、今回の記事でお伝えしたように、その臭いは決して恥ずかしいものではなく、ご自身の健康状態を知らせてくれる「体からの大切なメッセージ」なのです。

  • 口臭には「生理的口臭」と「病的口臭」がある。
  • 病的口臭の原因の9割は、歯周病や虫歯などお口の中にある。
  • セルフケアで改善しない場合は、糖尿病や内臓疾患など全身の病気が隠れている可能性も。
  • 不安に思ったら、まずは一人で悩まず「歯科医院」に相談を。

口臭というサインに耳を傾け、適切に対処することは、お口の健康だけでなく、全身の健康を守ることにも繋がります。この記事が、あなたの長年の悩みから解放され、健やかで自信に満ちた毎日を送るための一助となれば、歯科医師としてこれほど嬉しいことはありません。

どうぞ、お一人で抱え込まず、私たち専門家を頼ってくださいね。